岡山地方裁判所 昭和55年(行ウ)6号 判決 1984年4月25日
岡山市福富西二丁目二三番四八号
原告
山上茂吉
右訴訟代理人弁護士
松岡一章
同
近藤俊博
岡山市天神町八番四七号
被告
岡山東税務署長
岸衡平
右指定代理人
笹村将文
同
森盈利
同
吉平照男
同
北脇重男
同
長沢文雄
同
木梨昭三
同
土井哲生
同
徳永輝三
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五三年七月五日付でした
(一) 原告の昭和五一年分所得税についての更正処分のうち分離長期譲渡所得の金額を一七三〇万六九六一円とする部分及び納付すべき税額の八七万五一〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分のうち同税額の一万五三〇〇円を超える部分を、
(二) 原告の昭和五二年分の所得税についての更正処分のうち分離長期譲渡所得の金額を一六八六万一一四九円とする部分及び納付すべき税額の一五〇万五四〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分のうち同税額の一万七〇〇〇円を超える部分を、
いずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五一年分及び昭和五二年分の所得税について、それぞれ別表(課税処分表一・二)の各「確定申告額」欄記載のとおりの確定申告をした後、別表各「修正申告額」欄記載のとおり修正申告をしたところ、被告は、右両年分について昭和五三年七月五日付で別表の各「更正及び賦課決定額」欄記載のとおり分離長期譲渡所得の金額を加算する各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各処分」という。)をした。
原告は、右分離長期譲渡所得に関する本件各処分を不服として昭和五三年八月二五日被告に対し異議の申立てをしたが、その翌日から起算して三月を経過しても異議申立てについての決定をされなかったため、昭和五三年一一月二九日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五五年六月一六日付でこれを棄却する旨の裁決をした。
2 原告の昭和五一年分及び昭和五二年分の所得のうち譲渡所得は、それぞれ別紙物件目録記載一の1ないし3(昭和五一年分)及び同一の4ないし6(昭和五二年分)の土地(以下「本件土地」という。)の譲渡によるものであるが、これについては以下のとおり租税特別措置法(以下「措置法」という。)三七条一項の適用により資産の譲渡がなかったものとされるべきである。
(一) 原告は、昭和四四年一月一日前から本件土地を所有し、小原亀に賃貸していたが、原告が代表取締役をしている株式会社福田種鶏場(以下「訴外会社」という。)の財政が逼迫していたため、本件土地を売却してその代金をもって訴外会社の資産を購入し、その資産を訴外会社に使用させる必要が生じたため、昭和四七年一月三〇日、小原亀との間で右賃貸借契約を合意解約して同年五月ごろ本件土地の返還引渡を受けた。
(二) 原告は、本件土地を地上げし、これに賃貸住宅を建築して貸家業を営むことを企図して、昭和四七年八月から地上げ工事に着手し、昭和四八年二月に完了させた。
ところが、金融機関が賃貸住宅建築資金の融資を渋り、しかも訴外会社の養鶏場の移転及び新築資金が早急に必要となったことから、原告は昭和四八年二月ごろ賃貸住宅の建築を中止し、本件土地を分譲宅地として売却することを企図して、不動産業者に依頼してその販売活動に入った。
(三) しかし、買手がみつからなかったため分譲宅地として販売することができず、また不動産業者から建売住宅建築の助言もあったことから、同住宅を建築することを企図し、昭和五〇年三月から建売住宅建築の基礎工事に着手するとともに、分譲宅地及び建売住宅の予約販売活動を続け、昭和五一年五月までに本件土地上に建売住宅六棟を建築した。
(四) そして、原告は昭和五一年中に本件一の1ないし3の土地を竹内進ほか二名に代金合計一九二七万〇四八五円で、昭和五二年中に本件一の4ないし6の土地を吉田正昭ほか二名に代金合計一八八〇万一二〇〇円でそれぞれ売却する一方、昭和五一年一二月三一日に同目録記載二の1の鶏舎を代金一九五〇万円で、昭和五二年五月二日に同目録記載二の2の鶏舎を代金一九三三万二〇〇〇円でそれぞれ訴外会社から取得するとともに、昭和五二年一月一五日に前者の鶏舎を、同年五月一〇日に後者の鶏舎をそれぞれ訴外会社に賃貸して事業の用に供した。
(五) ところで、措置法三七条一項所定の「事業」には不動産業や対価を得て継続的に行なう事業が含まれるのはもとより、「事業に準ずるものとして政令で定めるもの」をも含み、同法施行令二五条二項によると、右は「事業と称するにいたらない不動産の貸付その他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行なうもの」をいうとされているのである。
したがって、原告が本件土地を小原に賃貸していた期間はもとよりこれを貸家業の用地に供するため地上げ工事を施していた期間、分譲宅地としてその販売活動を行なっていた期間及び建売住宅の用地に供していた期間はいずれも「事業と称するにいたらない不動産の貸付その他これに類する行為で相当の対価を得て継続的に行なうもの」又は不動産業や対価を得て継続的に行なう事業の用に供していたものというべきである。
(六) 仮に、本件土地を分譲宅地としたこと及び建売住宅の用地としたことが事業の用に供していたものと認められないとしても、措置法三七条一項所定の事業用資産である譲渡資産は事業への現実の供用が停止された後にあっても、これを譲渡した代金をもって買換資産を取得する準備のために要する相当な期間内は事業用資産としての性質を失うものではないと解すべきところ、賃貸住宅建築計画を中止した昭和四八年二月から本件土地の各譲渡時までの事業への供用停止期間は、昭和五一年及び昭和五二年中に譲渡した本件土地の代金をもって買換資産を取得するために要する相当な期間であるというべきであり、結局、本件土地は各譲渡時においても事業用資産としての性質を失っていないというべきである。
(七) 原告は、昭和五一年分及び昭和五二年分の各所得税の確定申告書において、いずれも措置法三七条一項所定の表の一四号の適用を受けることを前提に、各分離長期譲渡所得の金額を零とした上、これに同条六項所定の書類を添付して提出した。
(八) しかるに、被告は本件土地の譲渡につき措置法三七条一項の適用を認めず、本件各処分に及んだもので、右は違法な処分というべきである。
3 また、被告は後記三の2のような主張をするが、本件土地は、不動産の売買業者でも賃貸業者でもない単なる地主であった原告が、賃借人から返還を受けて売却したものに過ぎないから、これに区画形質の変更を加えて宅地に造成すると否とにかかわらず、措置法三七条一項による課税の特例の適用を除外される「たな卸資産に準ずる資産」(以下「準たな卸資産」という。)に該当しないことは明らかである。
仮に、本件土地が準たな卸資産であるとすると、その譲渡益の中に土地の値上り益が含まれていると否とにかかわらず、譲渡所得の対象ではないと解すべきであるから、これに譲渡所得税を課した本件各処分は所得税法三三条二項、措置法三七条一項に違背するというべきである。
4 以上のとおりであって、本件土地の譲渡所得について措置法三七条一項の適用を否認してされた分離長期譲渡所得に関する本件各処分はいずれも違法であるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実については、(一)のうち、原告が昭和四四年一月一日前から本件土地を所有して小原に賃貸していたこと、昭和四七年一月三〇日右賃貸借を合意解約したことは認め、本件土地の引渡を受けたのが同年五月ごろであることは否認し、その余は知らない。(二)は知らない。(三)のうち、原告が昭和五一年五月までに本件土地上に建売住宅六棟を建築したことは認め、昭和五〇年三月から建売住宅建築の基礎工事に着手したことは否認し、その余は知らない。(四)のうち、本件一の1ないし3の土地及び同一の4ないし6の土地の売却代金額は否認し、その余は認める。右売却代金は前者が一九三〇万四一〇〇円、後者が一八九六万五五四四円である。(五)、(六)及び(八)の主張は争い、(七)は認める。
3 同3及び4の主張は争う。
三 被告の主張
1 措置法三七条一項にいう「事業の用に供しているもの」とは、原則として現実に事業の用に供しているもの又は譲渡の日において社会通念上客観的に事業の用として継続的に使用収益されていたものに限定すべきであり、現実の供用が停止された経緯についてやむを得ない事情があるなど特段の事情がある場合に、現実の供用が停止された後も事業用資産としての性質を失わない例外的な場合があるに過ぎないと解される。
原告は本件土地を小原亀に賃貸していたが、昭和四七年一月三〇日右賃貸借契約を合意解約して同年三月二七日返還引渡を受けた後、本件土地上に賃貸住宅を建築することを目的として、岡山県知事に対し同年四月二五日付で本件土地の一部(合筆前の岡山市福富字子バ田三七二番一、田、五八五平方メートル)について、また同年五月二日付で本件土地の残部(合筆前の同所三七〇番一、田、六四〇平方メートル)について、それぞれ農地法四条一項五号の規定による農地転用届出をした。
ところが、原告は昭和五〇年一二月に至り、初めて建売住宅六棟の建築計画概要書を岡山市長に提出した上、右建築の準備に着手し、昭和五一年一月二〇日以降に右建売住宅の建築工事に着手した後、同年一一月六日から昭和五二年三月二八日までの間に竹内進ほか五名にそれぞれ本件土地を譲渡したものであって、結局、小原亀から本件土地の返還引渡を受けて右建売住宅の建築に着手するまでの三年一〇か月の間、また本件土地の譲渡までの約四年七か月ないし五年の間、事業用資産として現実の供用を停止し、長期間にわたり事業の用に供することなく放置していたものである。
したがって、原告において事業用資産の買換えの意図を有していたとしても、その供用停止の期間が資産の買換え準備のために要する相当な期間であったとはいえないから、本件土地はすでに事業用資産としての性質を失っていたものというべきである。
2 また、措置法三七条一項によると、所得税法二条一項一六号に規定するたな卸資産、その他これに準ずる資産で政令で定めるもの(準たな卸資産)の譲渡については同条項の適用がなく、右準たな卸資産とは「雑所得の基因となる土地及び土地の上に存する権利」であるとされている(措置法施行令二五条一項)。そして、固定資産である土地の上に建物を建築してその土地及び建物を譲渡した場合には、その土地は譲渡されたときに販売用資産に転化したものと解されて、その資産の譲渡による所得はたな卸資産又は雑所得の基因となる準たな卸資産の譲渡による所得として、その全部が事業所得又は雑所得に該当することとされ、このことはすでに確立した税務の取扱となっている(所得税基本通達三三-四)。
そして、前記のとおり本件土地はそれが譲渡されたときにはすでに建売住宅と共に譲渡される販売用資産となっていたものであり、また原告の土地付建売住宅の販売はいまだ事業に至らない程度の不動産の譲渡であるから、本件土地の譲渡は準たな卸資産の譲渡であり、結局、措置法三七条一項の適用はないのである。
もっとも、右の主張と被告が本件土地の譲渡による所得について譲渡所得として課税していることとは何ら矛盾するものではない。けだし、右譲渡所得の発生原因の中には準たな卸資産の販売による利益のほかに土地の値上り益が含まれており、この固定資産であった間に発生し譲渡の際に顕在化した土地の値上り益に相当する所得は本質的には譲渡所得として課税されるべきものであり、本件土地の譲渡による所得のすべてを雑所得として課税することは、譲渡の時に固定資産から準たな卸資産に転化していた資産とそうでない資産との間に固定資産であった間に発生した値上り益の課税上の取扱に関して差異を設けることになって不合理であるからである。したがって、固定資産である土地の上に建物を建築して譲渡した所得のうち土地の譲渡にかかる所得は譲渡所得とするのが妥当である。右取扱は所得税基本通達三三-五によっても認められているところである。
3 被告が、原告の各年分の分離長期譲渡所得の金額につき措置法三七条一項の適用を否認してこれを算出すると、次のとおりである。
(一) 昭和五一年分
(1) 収入金額 一九三〇万四一〇〇円
(2) 取得費 九六万五二〇五円
(3) 特別控除額 一〇〇万円
(4) 譲渡所得金額 一七三三万八八九五円
〔計算式 (4)=((1)-(2))-(3)〕
(二) 昭和五二年分
(1) 収入金額 一八九六万五五四四円
(2) 取得費 九四万八二七七円
(3) 特別控除額 一〇〇万円
(4) 譲渡所得金額 一七〇一万七二六七円
(三) そして、別表の各譲渡所得欄記載の本件各処分における分離長期譲渡所得の金額は、いずれも右計算によって得られるそれの範囲内である。
4 よって、被告のした本件各処分は適法である。
第三証拠
本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一1 請求原因1の事実、及び同2の事実のうち、原告が本件土地を昭和四四年一月一日前から所有して小原に賃貸していたが、昭和四七年一月三〇日に右賃貸借を合意解約の上、その返還引渡を受けて(返還引渡の時期の点を除く。)、昭和五一年五月までに本件土地上に建売住宅六棟を建築し、昭和五一年及び昭和五二年中に右建売住宅と共に本件土地を竹内進ほか五名にそれぞれ売却し、その売却代金(右各年における売却代金の合計額の点を除く。)をもって、右各年に訴外会社からそれぞれ鶏舎を取得して同会社に賃貸し、これを事業の用に供したこと、は当事者間に争いがない。
2 前記争いのない事実に、いずれも原本の存在とその成立に争いのない乙第一、第二及び第三号証の一、二、成立に争いのない乙第四号証の三ないし八、第五号証の一、二、第六号証、証人山上和宏の証言(一部)及び原告本人尋問の結果(一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
原告は、農地であった本件土地を昭和一八年ごろから小原に賃貸し耕作させていたが、同土地上に賃貸住宅を建築して貸家業を営み収入の増加を図るべく、昭和四七年一月三〇日に小原との間で右賃貸借を合意解約して、同年三月二七日にその返還引渡を受け、同年四月二五日及び同年五月二日の二回に分けて岡山県知事に農地転用届出をした。そして、同年秋ごろから本件土地の地上げ(埋立)工事に着手し昭和四八年二月ごろ同工事は完成したが、そのころには前記計画を取り止めて同土地を更地のまま一括売却することに方針を変更し、不動産業者の山上和宏らにその販売を依頼したものの買手がみつからないまま推移するうち、昭和五〇年初めごろ右山上らの助言によりむしろ本件土地を六区画割にして建売住宅六棟を建築の上同土地を譲渡することに再度方針を変更し、同年夏ごろから三、四か月かかって右区画割の工事を完成させた。そして、同年一二月一八日岡山県知事に対し建売住宅六棟の建築許可申請をし、その許可を得て昭和五一年一月二〇日右建築に着手し、同年五月末ごろにこれを完成させた上、同年一一月六日に藤井勝己に対し別紙物件目録記載一の1の土地を、同月一七日に竹内進に対し同目録記載一の2の土地を、同月三〇日に近藤康彦に対し同目録記載一の3の土地を、さらに、昭和五二年一月七日に吉田正昭に対し同目録記載一の4の土地を、同月二八日に平地泰に対し同目録記載一の5の土地を、同年三月二八日に梶本克己に対し同目録記載一の6の土地を、それぞれ右建売住宅と共に譲渡した。
以上のとおり認められ、右認定に反する部分の証人山上和宏の証言及び原告本人の供述は措信し難い。
二 右認定の事実を前提に、本件土地がその譲渡の当時において措置法三七条一項にいう事業用資産であったか否かについて考察する。
1 原告は、本件土地に賃貸住宅を建築して貸家業を営むべくこれに地上げ工事を施した昭和四七年秋ごろから昭和四八年二月ごろまでの間、本件土地を事業の用に供していた旨主張する。なるほど、措置法三七条一項、同法施行令二五条二項によると「事業と称するにいたらない不動産の貸付で相当の対価を得て継続的に行なうもの」は、事業に準ずるものとされているから、原告の予定していた貸家業は事業に該当し、これに供される土地は事業用資産であるといい得るけれども、本件のように貸家業を営むべく賃貸住宅建築のための地上げ工事を施している土地が事業用資産に該当するか否かは別途検討する必要がある。譲渡した資産が事業用資産であるといい得るためには、譲渡の当時において、現実かつ継続的に事業の用に供していた場合のほか、たまたま現実にはその資産を使用していなくても、事業の用に供する意図をもってこれを所有し、かつ、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であった場合もこれに含まれると解されるところ、本件においては、前認定のとおり、原告は遅くとも昭和四八年二月の時点で賃貸住宅建築の計画を取り止めて貸家業の経営を断念しているのであるから、本件土地が事業用資産に該当しないことは明らかであり、したがって、原告の右主張は採用できない。
2 また、原告は、本件土地を分譲宅地として販売するべくその販売活動をしていた昭和四八年二月ごろから昭和五〇年初めごろまでの間、及び本件土地を建売住宅と共に譲渡するべく建売住宅の用地に供していた昭和五〇年夏ごろからその譲渡時までの間、それぞれ本件土地を事業の用に供していた旨主張する。しかし、原告にとって不動産の譲渡行為が営利を目的とした継続的なものであると認めるに足りる証拠はなく、前掲各証拠によると、本件土地の分譲宅地としての販売及び建売住宅付の譲渡は一回的かつ散発的なものであると認められるから、右主張も採用できない。
3 そうすると、結局、本件土地は原告が小原からその返還引渡を受けた昭和四七年三月二七日には事業の用に供されなくなったものというほかない。
ところで、措置法三七条一項の規定は、企業の合理化や生産財の有効利用を図るため、特定の事業用資産を譲渡し買換資産を取得した場合に、一定の条件の下に圧縮記帳の方法による譲渡所得の課税繰延べの特例を認めるものであるところ、かような立法趣旨に徴すると、同条項の事業用資産は、現実の供用が停止された後も買換資産取得のために相当な期間内はいまだその性質を失うものではないと解するのが相当である。そこで、右の見地から本件を検討するに、本件土地は現実の供用停止時である昭和四七年三月二七日からその譲渡時である昭和五一年一一月ないし昭和五二年三月までの間、約四年七か月ないし五年の期間が存するところ、右の現実の供用停止に至った事情は本件土地に賃貸住宅を建築して貸家業を営むことにあったというのであるから、事業の用に供し得ないことについてやむを得ない事情があるといえないことは明らかであり、しかも、現実の供用停止以後本件土地を原告の計画どおり貸家業の用に供することはもちろん、一括譲渡することも可能であったと認められる。右に関して、原告は、金融機関による融資が困難であり、かつ、訴外会社の養鶏場の移転及び新築資金の早急な調達の必要から賃貸住宅建築計画を取り止め、本件土地を分譲宅地として販売せざるを得なくなり、その販売活動をしたが買手がみつからず、このような事情から本件土地の譲渡が遅れた旨主張し、これに副う証人山上和宏の証言及び原告本人の供述が存する。しかしながら、一方、右証言、供述中には、訴外会社の移転、新築はすでに昭和四七、八年ごろ他の資金によって終了しているとか、また、分譲宅地としての販売活動をするに当たり販売用の広告や立看板を出すことはしなかったとかいうように、原告の右主張と矛盾するかのような供述部分もあり、結局、賃貸住宅建築計画から分譲宅地としての販売の方針に変更せざるを得なくなった理由として原告の主張する事情や分譲宅地としての販売活動の存在自体極めて疑わしいといわざるを得ない。
4 以上において検討したところによると、原告は前記の相当の期間を超えて本件土地を事業の用に供することなく放置していたといわざるを得ず、原告のした本件土地の譲渡は右相当の期間内の譲渡とは認められないので、本件土地はその譲渡時において、すでに事業用資産としての性質を失っていたものというべきである。
三 次に、原告は、本件土地の譲渡が被告が主張するように措置法三七条一項の適用が除外される準たな卸資産の譲渡であれば、そもそも譲渡所得の対象とならないのであるから、これに譲渡所得税を課した本件各処分は違法である旨主張するので、以下この点について検討する。
1 措置法三七条一項、同法施行令二五条一項によると、雑所得の基因となる土地は、準たな卸資産としてその譲渡による所得については措置法三七条一項所定の課税の特例の適用を除外されている。これは、準たな卸資産の譲渡による所得は譲渡所得に含まれないとする所得税法三三条二項一号、同法施行令八一条一号の規定の趣旨と軌を同じくするものと解される。すなわち、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の支配を離れて他に移転する機会に、その保有期間中に所有者自身の意思によらない外的条件の変化に基因して生じた資産の値上りによる増加益を清算して課税しようとする趣旨のものであるが、準たな卸資産の譲渡、例えば、地主が所有地を宅地造成して分譲したような場合には、宅地造成することによって生じた土地の増加益を譲渡行為によって実現しようとするものであって、その譲渡による所得の発生は意図的かつ計画的であるから、かような譲渡による所得は譲渡所得の範囲から除外したものである。そして、準たな卸資産の譲渡からは雑所得が生ずると解される。
以上によると、原告が建売住宅六棟を建築するべくその建築許可申請をするなどしてこれに着手した昭和五〇年一二月以降における本件土地は準たな卸資産と認められ、結局、建売住宅付の本件土地の譲渡は雑所得の基因となるたな卸資産の譲渡ということになる。
そうすると、本件土地の譲渡による所得について、雑所得としてではなく分離長期譲渡所得として課税した被告の本件各処分の適否が問題となる。
2 成立に争いのない乙第八号証によると、被告は、本件土地の譲渡による所得は極めて長期間保有していた土地に区画形質の変更等を加えて譲渡した場合の所得に該当するので、所得税基本通達三三-五により、建売住宅の建築に着手した直前までの利益に対応する部分の所得については譲渡所得、右時点以後の利益に対応する部分の所得については雑所得(但し、所得金額は算出されない)として計算して本件各処分をしたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、準たな卸資産の譲渡といえども、極めて長期間保有していた土地に宅地の造成又は建物の建築をして譲渡した場合において、その譲渡による所得のうちには、その土地の長期間にわたる保有期間中に先じた資産の増加益に相当するものが相当部分含まれていることは十分認められるところである。したがって、右のような土地を譲渡した場合において、宅地の造成又は建物の建築に着手する時点までの資産の増加益に相当する部分の所得を譲渡所得とし、その後の利益に相当する部分の所得を雑所得として課税することを認めた前記通達は前記譲渡所得に対する課税の趣旨に副うものであって十分合理性を有するものと解される。
したがって、被告が前記通達に沿って本件各処分をしたことに違法な点は認められない。
四 最後に、原告の昭和五一年分及び昭和五二年分の分離長期譲渡所得の税額について検討する。
前掲乙第八号証と弁論の全趣旨によると、原告が建売住宅の建築に着手した直前における本件土地の一平方メートル当たりの価額(時価)は三万五六〇〇円であることが認められ(これに反する証拠はない。)、また、本件土地のうち昭和五一年分の譲渡面積の合計(通路分の面積を除く、以下同じ。)は五四二・二五平方メートルであり、昭和五二年分の譲渡面積の合計は五三二・七四平方メートルであることはいずれも当事者間に争いがないから、昭和五一年分の本件土地の譲渡による収入金額は一九三〇万四一〇〇円、昭和五二年分のそれは一八九六万五五四四円となる。
そうすると、右各年分の分離長期譲渡所得の金額は計算上被告主張のとおり昭和五一年分は一七三三万八八九五円、昭和五二年分は一七〇一万七二六七円となる。そこで、右譲渡所得の金額(但し、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満切捨後の額)に措置法三一条一項一号所定の税率(一〇〇分の二〇)を乗じてその課税額を算出すると、昭和五一年分は三四六万七六〇〇円、昭和五二年分は三四〇万三四〇〇円となる。したがって、被告が分離長期譲渡所得税として納付すべき税額を昭和五一年分について三四六万一二〇〇円、昭和五二年分について三三七万二二〇〇円とした更正処分は、いずれも右課税額の範囲内であるからこの点においても本件各更正処分に違法な点は認められない。また、以上によると、被告が過少申告加算税を昭和五一年分について一八万八四〇〇円、昭和五二年分について一八万五六〇〇円とした賦課処分にも違法な点は認められない。
五 以上の次第で、被告の本件各処分に何ら違法な点はないことに帰するから、原告の本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官岡久幸治、同黒岩巳敏はいずれも転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 白石嘉孝)
課税処分表
一 昭和五一年分
<省略>
二 昭和五二年分
<省略>
物件目録
一 譲渡資産
1 岡山市福富西一丁目三七〇番一
宅地(通路分) 四四・五六平方メートル
同所 三七〇番四
宅地 一八七・六九平方メートル
2 同所 三七〇番七
宅地 一八一・〇八平方メートル
同所 三七〇番一〇
宅地(通路分) 一二・五七平方メートル
3 同所 三七〇番八
宅地 一七三・四八平方メートル
同所 三七〇番一一
宅地(通路分) 一二・六九平方メートル
(以上 昭和五一年分)
4 同所 三七〇番五
宅地 一七六・五八平方メートル
同所 三七〇番一四
宅地(通路分) 二一・九〇平方メートル
5 同所 三七〇番六
宅地 一七三・五〇平方メートル
同所 三七〇番一三
宅地(通路分) 二三・八三平方メートル
6 同所 三七〇番九
宅地 一八二・六六平方メートル
同所 三七〇番一二
宅地(通路分) 五八・四〇平方メートル
(以上 昭和五二年分)
二 買換資産
1 岡山県赤磐郡赤坂町坂辺A団地
鉄骨トタン葺平家建鶏舎 三棟 (昭和五一年分)
合計 五〇四坪
2 同所 S団地
鉄骨トタン葺平家建鶏舎 五棟 (昭和五二年分)
合計 五三七坪